わたくし河内の、修士時代の研究紹介です。たいした研究ではありませんが・・・。今後、図表を入れてバージョンアップさせていく予定です。
リーフ・フェノロジー = 葉の季節学
フェノロジーとは、生物季節(学)ともいい、季節的におこる自然界の動植物の示す現象と、気候との関連を研究する学問のことです。開花の時期 (例えばサクラ前線のようなもの)、渡り鳥の渡りの時期などが含まれます。したがって、リーフ・フェノロジーとは「葉の季節学」ということができます。「葉をいつ出していつ枯らすのか」や、「いつどんな形態の葉をつくるのか」などを研究します。
植物にとって、葉は主要な光合成器官ですので、リーフ・フェノロジーは、植物の個体全体の生産量に大きく関わる形質であるといえます。したがって、リーフ・フェノロジーの解析は、植物の生態を考える上で重要であると考えられます。
私は、季節によって葉を入れ替えて常緑に保つという林床植物アオイスミレのリーフ・フェノロジーについて、詳しく調べることにしました。
落葉樹林の季節変化
温帯性の落葉樹林では、林冠木 (森林内で最も上層に優占する樹木) が春に開葉し、夏には鬱蒼と葉を茂らせ、秋に落葉します。そのため林床 (森林内の最も下層の部分) では、春は明るく、夏は暗く、秋に再び明るくなるというように、光環境が大きく変動します。それに加えて気温などの環境も大きく変化します。
そうした林床では、春植物、夏緑植物、冬緑植物、常緑植物など、様々なリーフ・フェノロジーのタイプの林床植物が生育しています。
葉の入れ替え
その中で、入れ替え型常緑植物と呼ばれるものがあります。入れ替え型の常緑植物とは、一年より短い寿命の葉を定期的に入れ替えて常緑に保つ植物のことをいいます。
アオイスミレ
アオイスミレ (Viola hondoensis) は、サイズの小さな越冬葉と、サイズの大きな夏の葉の2種類の葉をもつ入れ替え型常緑植物であることが知られています。アオイスミレのリーフ・フェノロジーを調べることで、林床の環境の季節変化に葉の形質がどう対応しているかがわかると期待されます。
目的
そこで本研究では、入れ替え型常緑植物アオイスミレについて、
・一枚一枚の葉がいつ出ていつ枯れるのか(葉の時間的配列)
・どの葉をどこに配置させるのか(葉の空間的配置)
・いつどんな形態の葉を生産するのか(形態の季節変化)
この3項目について明らかにし、林床の環境の季節的な変化との関連を議論することを目的としました。
個葉の時間的配列
アオイスミレでは、秋 (林冠木の落葉期) に出て春 (林冠木の展葉期) に枯れる越冬葉と、春 (林冠疎開期) に出て夏 (林冠鬱閉期) に枯れる春葉と、春から夏 (林冠木の展葉期〜林冠鬱閉期) に出て秋 (林冠木の落葉期) に枯れる夏葉があり、それらを入れ替えて草冠を常緑に保っていることがわかりました。3タイプの葉の開葉時期は連続的でしたが、枯死時期は林床の光環境に対応して明瞭に異なっていました。
表1. アオイスミレの3タイプの葉.
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タイプ |
開葉時期 |
枯死時期 |
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越冬葉 |
秋 (林冠木の落葉期) |
春 (林冠木の展葉期) |
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春葉 |
春 (林冠疎開期) |
夏 (林冠鬱閉期) |
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夏葉 |
春から夏 (林冠木の展葉期〜林冠鬱閉期) |
秋 (林冠木の落葉期) |

葉の空間的配置
葉身の地上高は、越冬葉<春葉<夏葉でした。アオイスミレでは、季節ごとに葉を入れ替えることによって、葉群の高さを調節していることがわかりました。
最も低く配置する越冬葉は、地熱を利用して保温の効果を得ていると考えられ (大野 1996)、逆に高いところに配置する夏葉は、夏の受光競争に有利な形態であると考えられます (Givnish 1982)。春葉は両者の中間に生育するため、中間的な配置をしていたと考えられます。以上のことから、アオイスミレのそれぞれの葉は、林床の季節環境に対応しているものと考えられました。
葉はなぜ枯れる?
さて、葉はどうして枯れるのか、皆さんはご存じでしょうか。「葉が枯れる」ということは、植物体の一部分が「死ぬ」ということです。しかし、植物にとって葉は枯れても必ずしも個体の成長にマイナスの影響があるとは限りません。むしろ植物は、積極的に葉を枯らしている場合が多いです。なぜなら、光合成の機能が低下した古い葉を枯らして、かわりに生産性の高い新しい葉をつくることによって、光合成生産の効率をあげることができるからです。
葉の老化・枯死の生理的な要因
植物の葉の老化・枯死の生理的要因として、以下のものが挙げられます。
1. 遺伝的に決められた寿命
┌- 温度
2. 環境の変化 --┼- 日長
└- 光 --┬- 林冠の鬱閉 (夏に林冠木が展葉することで林床が暗くなること)
└- 自己被陰 (上部に展開する葉におおわれて光があたらなくなること)
3. シンク(古い葉が枯れるときの養分の転流先である新葉や花などの若い器官) の発達
林床植物の越冬葉の老化・枯死原因
ところで林床植物の越冬葉の老化・枯死の要因は何なのでしょうか。
越冬葉は、冬や初春の明るい光環境に適した形質の葉であるため、林冠木が展葉し、夏に林床の光環境が悪化すること (林冠の鬱閉) により枯れるというのが一般的な見方です (Chabot & Hicks 1982, Jurik & Chabot 1986, Skillman et al. 1996)。しかし、この仮説は実際には確かめられていません。
アオイスミレを用いた2つの実験
そこで第二章では、以下の二つの実験により、アオイスミレの越冬葉が春に枯死する要因を解明することを目的として研究を進めました。
1. シンク除去実験 発達途中の新しい器官を摘み取ると、越冬葉の寿命はどう変わるか。
2. 草冠固定実験 越冬葉にも夏葉と同じように光が当たるようにすると、越冬葉の寿命はどう変わるか。
3.林外移植実験 林冠鬱閉が起きない場所に移植した場合、越冬葉の寿命はどう変わるか。
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実験 |
処理個体の越冬葉の寿命 |
枯死要因として示されたもの |
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1. シンク除去実験 |
未処理個体のものよりも有意に延びた |
「自己被陰」と「シンクの発達」 |
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2. 草冠固定実験 |
未処理個体のものよりも有意に延びた |
「自己被陰」 |
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3.林外移植実験 |
未処理個体のものと変わらなかった |
「自己被陰」と「シンクの発達」 |
シンク器官の発達は、多くの植物で、葉の入れ替え時に起きる一般的な現象といわれています。一方、自己被陰は、一部の草地生の植物の葉の老化要因として示唆されていましたが (Hirose et al. 1988, Evans 1989, Hikosaka et al. 1994)、林床植物の葉の枯死要因として示唆されたことは今までにありませんでした。
今回の研究により、春や夏に枯れる林床植物の越冬葉の枯死要因として、これまでいわれてきた林冠鬱閉説 (Chabot & Hicks 1982, Jurik & Chabot 1986, Skillman et al. 1996) とは異なる新たな見解が得られたといえます。
アオイスミレの葉の入れ替えのメカニズム
以上のことをふまえて、アオイスミレにおける春期の葉の入れ替えのメカニズムについてまとめました。
まず、春になると、越冬葉の上部に新しく春葉や夏葉が生産されます。
季節に伴い、春葉や夏葉が葉身の高さを増すことによって、自己被陰がおこり、個葉間に光環境の差が生じます。
それが要因となり、光環境の悪化した越冬葉から春葉・夏葉へ窒素などの養分が転流された結果越冬葉が枯れる、ということが起きているのではないかと考えられます。
Chabot, B.F. & Hicks, D.J. 1982. Annual Review of Plant Physiology 13: 229-259.
Evans, J.R. 1989. Australian Journal of Plant Physiology 16: 533-548.
Givnish, T.J. 1982. The American Naturalist. 120: 353-381.
Hikosaka, K., Terashima, I. & Katoh, S. 1994. Oecologia 97: 451-457.
Hirose, T., Werger, M.J.A., Pons, T.L., van Rheenen J.W.A. 1988. Oecologia 77: 145-150.
Jurik, T.W. & Chabot, B.F. 1986. Oecologia (Berlin) 69: 296-304.
Kikuzawa, K. 1984. Canadian Journal of Botany 62: 2551-2556.
Mishio, M. 1995. Photosynthetica 31:127-134.
大野啓一. 1996. ブナ林の自然誌. pp. 113-156.
Skillman, J.B., Strain, B.R., & Osmond, C.B. 1996. Oecologia 107: 446-455.
Uemura, S. 1994. Canadian Journal of Botany 72: 409-414.
Yoshie, F. 1995. Canadian Journal of Botany 73: 735-745.